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ジェリービーンズ 小説


マール城物語〜恋する乙女たちの奮闘記

今朝からマール城の厨房は騒々しい。
朝食が終わると、一番にコルネット王妃が厨房に入ってきたかと思うと
さっさとその場にいた者全てが追い出されてしまった。

その数分後・・・。
厨房に入ってきたのは、コルネット王妃の娘クルセイル王女と、その祖母シェリーだ。
みんな何気に意気込んでいるのが見ただけでわかる。

「さぁ、お母さん、クルル!14日に間に合うように頑張るわよ〜!」
コルネット王妃が拳を頭上へ上げ、気合を入れる。

「まぁ、コルネットったら」
くすくすと笑うシェリー。

「お母さま、すっごく気合入ってる〜」
驚きの表情で母を見つめるクルル。

「当たり前でしょ!結婚しても14日は女の子にとって、とっても特別な日なんだから♪」

「特別かぁ〜」

「そう、特別なのよ」

娘のクルルの言葉に力強く繰り返し言うコルネット。

マール王国には独自の風習がある。
毎年2月14日は、女性が心から愛している男性へ贈り物をする・・・というものだ。
恋する乙女にとって、神聖な日は”セント・ポーリアデー”と呼ばれている。

由来は、セントポーリアの花言葉”小さな愛”にある。

”小さな愛でも、あなたを想う心はなによりも大きい”という意味をこめて
女性が愛している男性へ贈り物をするのだ。

  *

「さて。コルネットは何を作るの?」

シェリーの問いかけにコルネットは迷わずに即答。

「もっちろん、愛情た〜っぷりのチョコレートよ♪そういうお母さんは何を作るの?」

「あたしはチョコレートケーキよ!」

「クルルは?」

「えっ?あ、あたしは〜・・・」

いきなり質問を振られたクルルは何故か言葉を濁す。

頬を赤らめ、もじもじと両手の人差し指を突合せながら俯いてしまう。

「?どうしたの?クルル」

祖母シェリーに問いかけられると、クルルはさらに頬を赤く染めて小さな声で答えた。

「えっとぉ・・・あ、あたし・・・お菓子の作り方よくわかんないの///」

「それなら!」

途端に、コルネットとシェリーが同時に声を出した。

「あたしが教えてあげるわ!一緒に作りましょ♪ねっ?」

天使の微笑みを浮かべて、シェリーが優しく語りかける。

「そうよ、クルル。お母さんはわたしよりこういうの上手なんだから!」

「お母さま・・・。うん、おばあさまありがとう!」

「うふふ。それじゃ、クルルはあたしと同じチョコレートケーキを作りましょ♪」

「うん♪」

――よぉ〜し!絶対に美味しく作ってチェロにプレゼントするぞ〜!!

クルルの気合が一気に上がった。

  *

「そうそう、小麦粉は2回以上ふるって・・・」

「あっ!!こぼしちゃった・・・」

「クルル!そこらじゅう粉だらけじゃない!」

「うっ・・・」

「まぁまぁ、コルネット。いいじゃないの、がんばってるんだから〜」

「まったく・・・」

賑やかな厨房の入り口にはこんな立て札が。

”関係者以外立ち入り禁止!!”

厨房の前の通路を歩いていた2人のメイドがそれを見て、少し困ったような表情を浮かべた。

「コルネットさまたちは何をなさっているの?」

「さぁ?でもコルネットさまが”絶対に入って来ないでね!”っておっしゃってたわ」

「あ!シェリーさまも確か”特に男子禁制よ”っておっしゃってたわ」

「そういえば、姫さまの姿も見当たらないわね」

「一体、中で何をなさっているのかしらねぇ・・・」

   *

それから数時間後・・・・。

「で〜きたっ♪」

賑やかだった厨房に、ひときわ大きな声でコルネットが歓声を上げた。

「あ〜!お母さま早い〜」

娘のクルルが焦りだした。

「大丈夫よ、クルル。チョコケーキだって、あと少しで完成するわ」

「う、うん・・・。ねぇ、おばあさま。この後どうするの?」

「焼きあがったケーキにパウダーシュガーでデコレーションするのよ♪」

大きなオーブンからは、甘〜いチョコレートの匂いが。
そして、焼き上げを知らせる音が鳴った。

「あ、焼けたみたい♪」

「じゃあ、後は飾りつけね」

 *

翌日の朝。

コルネットは急いで着替えを済ませると、自室のソファに座り暖かい紅茶を飲んでいる
夫のフェルディナンドに声をかけた。

「ねぇ、フェル」

「ん?なんだい、コルネット?」

「今日は何の日か知ってる?」

「今日?誰かの誕生日かい?」

真面目にそう答えたフェルがおかしくて、コルネットはくすくすと笑う。

「??なんかヘンなこと言った?」

「ううん、そうじゃないの。でも、今日が何の日か知らないのね」

「う〜ん・・・」

「はい♪」

再び腕組みをしながら考え出したフェルディナンドの前に、ひとつの包みを差し出す。

「これは・・・?」

「セント・ポーリアデーのプレゼントよ」

「これを僕に・・・?」

頬を微かに赤く染めながら、戸惑いがちに言うフェルディナンドにコルネットははっきりとこう言った。

「当たり前じゃない!わたしが愛してるのは、フェル・・・あなただけなんだから」

「世界中で一番大好きなフェルだけなんだから・・・」

その言葉を聞いたフェルディナンドは、ソファから立ち上がると
コルネットを優しく抱きしめた。

「ありがとう、コルネット」

フェルディナンドの腕の中で、コルネットは真っ赤になっている。

「フェル・・・///」

  *

その頃、クルルは自室の窓の前で少し大きめの包みを握りしめながら、そわそわしている。

「ど・・・どうしよう・・・。朝一番にチェロに渡そうと思ってたのに。チェロってば目が覚めたらいないんだもん・・・」

「おはよう、クルル。やっとお目覚めかい?」

すると、ドアをノックしてチェロが入ってきた。

「チ、チェロ・・・」

クルルの胸が、早鐘のように激しく鼓動を打つ。

――あ〜、ビックリしたぁ〜!!イキナリ戻ってくるんだもん・・・

「?クルル?」

気が付くと、目の前にチェロの姿が。

「あっ、あのね、これ・・・プレゼントなの」

おずおずとチェロの前に、包みを差し出す。

「ありがとう、クルル。開けてもいいかい?」

「へっ?!あ、後で開けて///」

「?わかった。じゃ、後でね」

  *

「それじゃ、あたし帰るわね!」

プレゼントを渡し終えたコルネットとクルルが謁見の間へ来ると、シェリーが突然”帰る”と言い出した。

「え?お父さん来ないの?」

コルネットの言葉に、シェリーは苦笑しながら答える。

「あ〜、マリウスはねぇ・・・あたしと違って滅多に降りて来ないのよ」

「どうして?おじいさまに会いたかったのに」

「ごめんねぇ、クルル。あの人、人前に出るのが恥ずかしいみたいなのよ」

「へぇ〜!あのおじいさまが・・・」

「この前もね、あたしが強引に連れてきただけで、マリウスは乗り気じゃなかったみたい」

「というわけで、あたしそろそろ帰るわ。またね♪」

そう言うとシェリーは四枚の翼を広げ、マール城のテラスから飛び去ってしまった。

残された娘と孫は、お互いの顔を見つめながらこう言った。

「”またね♪”って・・・お母さん(おばあさま)、また遊びに降りて来るのかしら・・・」

  *

その頃チェロは、クルルが渡した包みを開けていた。

「チョコレートケーキか。?これは―・・・」

チェロが不思議に思ったものは、チョコレートケーキの上にハート型に小さく型抜きされた”カボチャ”
そのカボチャが、ケーキのふちにきれいに飾り付けられていた。

「クルル・・・。なんでケーキにカボチャを?」
ケーキの箱に一緒に入っていたカードを見ると

『あたしがチェロのために、一生懸命作ったケーキだよ♪
この”ケーキ”でチェロのカボチャ嫌いが直るといいな♪大好きなチェロへ、愛をこめてvv』

と書かれてある。

「”愛をこめて”・・・。ありがとう、クルル」

こうして、マール王家の乙女たちにとって”特別”で”大切”なセント・ポーリアデーが終わった。

それぞれの”想い”がこもったプレゼント。
はたして、その結果は――?

それは、本人たちとその後の様子を天国から見守っていたシェリーのみが知っている・・・・。

fin.

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