それはまだ少女が人間であった頃…
−聖女会−
「アン・ドゥ・トロワ…アン・ドゥ・トロワ…」
その日も少女はいつものように精神統一を兼ねたバトンの練習をしていた。
しかし、その目は虚ろで、まるで生気が感じられないほどだ…
彼女の所属する聖女会は城下で起きた事件の調査、解決や悪魔祓いを生業とし、その功績を認められ、王国から正式な援助も受けている教会である。
女神ポワトリーヌを信仰し、世界に破壊をもたらす「闇の王子」に対抗できる唯一の人間「光の聖女」をも有していた。
少女は以前、光の聖女を目指していた。
だから、それが自分ではなかった事に激しく反発した事もあった。
だが、今の彼女の精神を蝕んでいるのは、そんなものではなかった…
「クロワ…」
誰に言うでもなく、自然にその名前がこぼれる。
クロワ、フリーの悪魔祓いとして聖女会に入信した青年である。
彼と共に戦う内に、彼女は次第に、そして自然に惹かれていくのを感じていた。
だが、彼女を待っていたのは残酷な現実だった。
闇の王子として覚醒
女神ポワトリーヌを信仰する聖女会と真っ向から対立する破壊の使者。
堕天使カラミティーの力を有する闇の象徴。
人類の平和のためには、なんとしても倒さなくてはならない相手だった。
以前の彼女なら、なんのためらいもなく戦っただろう。
しかし、彼を愛する自分を認め、素直に気持ちに向き合う事を決めた彼女にとって、それは身を切るよりも辛い事であった。
「クロワ…」
幾度となく洩れるその言葉に答える者はいない。
彼女はどこへ行くとも無く歩き出していた。
もはや彼女にとって世界の平和などどうでも良くなっていた。
そんな彼女の心に「闇」が芽生えた事を誰が非難できるだろうか…
−彼のもとへ行きたい−
−彼と共に生きたい−
−彼に会いたい−
そう願う彼女の足は、ついに禁断の地へと辿り着いていた。
−魔界−
そして彼女はその身を「闇」に委ねる…
ただ、愛する人のために…