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ジェリービーンズ 小説


懐かしき故郷へ

花があちらこちらに咲き、緑がきれいな森には小鳥たちが楽しそうに囀っている。
この森を抜けると、もうすぐオレンジ村だ。

マリウスは大きなキャンバスを重たそうに抱えながら疲れた足に力を込める。

もうすぐあいつに会える。
久しぶりだから俺のことがわからないかもしれないな・・・。

絵の修行に行くと言って村を出たのはいつだったか。
そのくらい俺は故郷のオレンジ村から離れていた。

森の分岐点。
木で作られた小さな看板には矢印で道案内が書かれてある。

真っ直ぐ行くとナタリ川、今来た道の方はマザーグリーン。
そして、右へ行けばオレンジ村だ。

あと少し・・・。

オレンジ村へ足を踏み入れた瞬間、懐かしい風景が視界いっぱいに広がった。

小さな民家や雑貨屋、何ひとつ変わっていない。

「懐かしいな・・・」

思わず声に出して呟いた。

いったん家へ荷物を置きに行く。

家には親父とシェリーがいる。

風景は変わっていないけど、シェリーはどうだろう。

もしかしたら本当に俺のことなんて忘れているかもしれないな・・・。

家に近くなるにつれそんな事をふと考えてしまう自分がなんだか可笑しい。

村の一番奥にあるオレンジ色の屋根の家が俺の家だ。

慣れた仕草でドアを開け、家の中へと入る。

「ただいま。帰ってきたぞ〜」

「おお、マリウスか!久しぶりじゃの」

聞こえてきたのは親父の声。

仕事机で依頼されている人形の修理をしていた。

荷物を置きながら辺りを見回すが、シェリーの姿がない。

「親父、シェリーは?」

「ああ、シェリーなら教会にいると思うが?」

「教会・・・、ちょっと行ってくる」

シェリーは教会でシスターをしているんだったな。
教会へと向かう途中、道の両端に色とりどりの花が咲いていることに気がついた。

村を出る頃には何もなかったのに。

・・・シェリーだ。

シェリーは家にも花壇を作ってよく花の世話をしていた。

きっとこの花もシェリーが植えたんだ。

教会の門を抜け、大きな扉を開ける。

正面の祭壇にシェリーの姿は・・・なかった。

視線を横に向けると、礼拝のために置かれてある椅子にシェリーの姿があった。

(なんだ、座っていたのか・・・)

「シェリー・・・」

声をかけて近くへ行こうと歩き出した。

(誰だ?隣にいるのは・・・)

柱の陰になっていて見えなかったが、シェリーの隣には見知らぬ男が座っていた。

横から見てもわかるくらい端整な顔立ちで、細身で長身、銀髪の男はシェリーと親しげに話をしている。
・・・俺なんか適わないくらいの・・・整った容姿。

楽しそうに話している2人を見た瞬間、胸に氷のように冷たいものが突き刺さったような感じがした。

声をかけようとしたが、そのまま教会を後にした。

「ただいま帰りました」

ばたん、とドアの閉まる音がしてシェリーが部屋へ入ってきた。

「遅くなってごめんなさい、すぐに夕飯・・・、」

「ただいま、シェリー」

「マリウス!いつ帰ってきたの?帰ってきたなら声かけてくれればよかったのに」

(ああ、行ったよ。教会に・・・)

「ごめん、荷物置いたり近所に挨拶してたりしてたから行けなかったんだ」

思わず、嘘を言ってしまった。

「そうだったの。でも、マリウスもちゃんとご近所にご挨拶するようになったのね」

クスクスとシェリーは笑う。

「なっ、なんだよ///」

「だってマリウスは挨拶が苦手だったでしょ?」

「そうだったか?」

「そうよ」

さっきの光景が頭から離れないが、久しぶりにシェリーと話をしたら一瞬だけ、忘れることができた。

夕飯はシェリー特製の野菜カレー。

納豆は買ってきてなかったとかで、普通の野菜カレーだったけど
久しぶりのシェリーの料理はすごく美味しかった。

「ごちそうさまでした」

シェリーは両手を祈りの形に組み、女神さまに感謝の言葉を捧げる。

「女神さま、今日も1日ありがとうございました」

シェリーは相変わらずだけど、前よりもずっときれいになった。

後片付けを終えたシェリーを、外に出ないかと誘った。

「ええ、いいわよ。」

「わぁ〜、きれい・・・」

シェリーが夜空を見上げる。
きらきらと光り輝く星はまるで宝石の様に見える。

「満点の星空だな」

「うん。本当にきれいね・・・。
宝石箱をひっくり返したみたいだわ♪」

しばらく黙って星空を眺めていたけど、思い切ってシェリーに聞いてみた。

「なぁ、シェリー。」

「なぁに?」

「俺・・・本当は昼間、教会に行ったんだ」

「え?」

「親父に聞いたらシェリーは教会にいるって言ったから・・・」

「誰なんだ?」

「マリウス・・・?」

「シェリーと話してた奴は誰なんだ?」

シェリーの答えを聞きたいのと、聞きたくないという2つの思いが胸の中をよぎる。

「見てたんだ。」

視線を逸らし、俯くシェリー。

(・・・やっぱり・・・シェリーと一緒にいたのは・・・)

ぎゅっと拳をにぎりしめる。

「・・・昼間一緒にいたのは神父さまよ」

「今までいらっしゃった神父さまが今度、マール城教会の司祭さまになるから
新しい神父さまが来ることになったの。
昼間、一緒にいたのはその新しい神父さまよ。
優しくて穏やかですごく素敵なの」

そう話すシェリーはとても楽しそうだ。

「・・・好きなのか?」

ぼそっと呟くように一番気になっていた事を切り出した。

「なっ、なに言ってるの?!マリウスってばいきなり・・・///」

頬を赤らめながら慌てるシェリー。

「・・・好きとかそういうのじゃなくて・・・。
色々相談にのってもらったり、子供たちに本を読んで聞かせてくれたり
一緒のお仕事だから毎日教会のお仕事してるだけよ。」

「・・・・」

「格好よくて優しいから・・・
このままマリウスが帰ってこなかったら好きになっちゃったかもしれないけどっ///
あたし、マリウスのことを忘れた事なんて1度もないからね!」

(シェリー・・・?)

突然のシェリーの俺の事を”忘れた事なんて1度もない”という言葉に
驚きを隠せなかった。そして嬉しかった。

それに
シェリーはあの神父に対して憧れていただけ、ということを聞くことができて安心した。

このままずっと聞くことができなかったら嫌だもんなぁ〜・・・。

「・・・そろそろ戻るか。」

「えっ、マリウス!なによぉ!聞くだけ聞いて先に行っちゃうなんてひどい〜!!」

ぱたぱたと走って俺に追いついたシェリーは、ぐいっと腕を組んできた。

「ふふ♪捕まえた〜♪」

「シェ、シェリー///」

オレンジ村に帰ってきてから色々あったけど、
何も変わっていない昔のままのシェリーに再開できて本当によかった。

これで・・・
安心して描きかけのあの絵を仕上げることができる。

シェリーの誕生日に贈る絵の完成はもうすぐだ。

fin.

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