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ジェリービーンズ 小説


大切な想い

マール王国の城下町から不思議の森を入っていったところに、小さな村がある。

ここは、オレンジの生産地として有名なことからオレンジ村という。

「や〜っと着いたぁ・・・」

故郷へ帰ってきたマリウス・エスポワールが、村の入り口まで来ると大きくため息をついた。

彼は「絵の修行に出る」と言い、一年前に村を出た。

久し振りに見る故郷は、自分が村を出た頃と変わっていないようだ。
ある人物と再会するまでは・・・

今日は久し振りに天気がいいので、近所の主婦たちは溜まった洗濯物を干している。

「あら、マリウスじゃない!いつ帰ってきたの?」

そんな主婦にマリウスはいつもの調子で答える。

「たった今だよ」

「そう。戻ったんなら早く家に帰りなさいよ、待ってる人がいるんだからね!」

くすくすと含み笑いをしながら、主婦が囁く。

――何なんだ?含み笑いなんかして・・・??

「ただいま〜」

ドアを開けて、家の中へと入る。

「おお、マリウスじゃないか!久し振りじゃな」

出迎えてくれたのは、父親のムスタキだった。

「?」

マリウスはきょろきょろと辺りを見回す。

「なぁ、シェリーは?」

「ん?シェリーなら、教会じゃないか?
早く行ってあげなさい」

ムスタキの”行ってあげなさい”の言葉に疑問を抱えながら、マリウスは荷物を置くと
真っ直ぐ村の教会へと向かった。

途中、追いかけっこをしていた子供たちとすれ違う。

「あ〜!マリウスお兄ちゃんだ!」

「おかえり〜」

子供たちがマリウスのもとへと駆け寄ってきた。

「おう、ただいま」

「ねぇねぇ、しゅぎょうにいってきたんでしょ?
しゅぎょうってなぁに?」

――まいったなぁ

子供たちに捕まるとなかなか逃げ出せないんだよなぁ〜

「あぁ・・・後でゆっくり聞かせてやるから、また今度な」

「うん!約束だよ〜」

子供たちと別れて、教会への道を急ぐ。

心地のいい風に乗って、オレンジの香りが辺りに広がる。

”♪何よりも大切な 愛しい人よ・・・”

教会から微かに歌声が聞こえる。

この歌を歌っているのは――

ギィ・・・

大きな木の扉をゆっくりと開ける。

色とりどりの美しいステンドグラスの淡い光が優しく差し込む礼拝堂。

正面には古代人をモチーフにした4枚の翼を持つ女神像がある。

その女神像の前に、長い金の髪を持つ女性が歌を歌っていた。

透き通った透明感のある歌声。

そして、前に聴いたことがあるような歌。

「きれいだな・・・」

あまりの美しい歌声に思わず呟いてしまった。

「?!」

その声に驚いて、金の髪の女性がこちらを振り返った。

「・・・・マリウス・・・?」

優しさと意志の強さを宿した淡いグリーンの瞳が大きく見開かれる。

そして表情は驚きから、笑顔へと変わった。

「シェリー・・・」

「本当にマリウスなのね!」

そう言うなり、シェリーと呼ばれた女性は、祭壇を駆け下りマリウスに思いっきり抱きついた。

「おわっ?!シ・・・シェリー!!///」

ぎゅっと力をこめているのが背中を通して伝わってくる。

マリウスはあまりの驚きにひとり、慌てる。

「ずっと・・・待ってたのよ」

シェリーの艶やかな金の髪を優しく撫でながら、囁くように言葉を紡ぐ。

「ただいま・・・シェリー」

「おかえりなさい、マリウス」

「なんだか可笑しいわね。一年しか経ってないのに、もう何十年も離れてたみたい・・・」

「そうだな〜。変だよな、変」

マリウスの言葉にシェリーが顔を上げ、

ぷぅ、と頬を膨らませ「なによ〜」と小さな反発を返す。

そのシェリーの様子に笑いが込み上げてくるのを抑えられない。

ひとしきりふたりで笑った後、マリウスが小さく囁く。

「オレも。シェリーと合うのが何十年ぶりって感じがするよ」

シェリーは、女神像を見つめながら静かに話し出す。

「ね、マリウス。絵の修行に・・・また行くの?」

ふと見ると、カラフルなステンドグラスの淡い光の中、シェリーが一際きれいに見えた・・・

――天使みたいだな・・・

「マリウス?聞いてる?」

はっと現実に戻ると、シェリーが不安げな瞳で覗き込んでいる。

「ん〜。帰ってきたばっかりだしなぁ」

――せっかく一年ぶりに帰ってきんだから、すぐに村を出るつもりはないけど・・・

「じゃ、しばらくはこっちにいるのね」

”まだ考え中”と言おうとしたのだけれど、
シェリーの嬉しそうな笑顔を見たとたん、口に出来なくなった。

――まぁ、しばらくこっちにいてもいいか・・・

久し振りに再会したふたりは、時間が経つのも忘れ話に夢中になっていた。

「あっ!いけない!!お掃除の途中だった・・・」

「おいおい、もう夕方だぞ」

「うぅ・・・。マリウス、先に家に帰ってて!あたし、急いでお掃除しちゃうから!!」

「ああ」

出口に向かって歩き出した途端、後ろでガシャ〜ンッ!!と派手な音がした。

続いてシェリーの慌てふためく声が。

「きゃ〜っ!!バケツひっくり返しちゃったぁ!!せっかく床、きれいにしたのに〜」

そんな声を聞きながら、マリウスは苦笑する。

――まったく、シェリーは相変わらずだよなぁ

シェリーが家に帰ってきたのは、マリウスが帰宅してから数十分後。

「ただいま〜」

「マリウス、お腹空いてるでしょ?すぐ晩ご飯の用意するから待ってて!」

シェリーが台所で夕飯の準備をしている間、マリウスは真っ白い布に包まれたキャンバスを見つめていた。

――これを早く仕上げないとな・・・

ちら、と台所の方へと視線を向けると、シェリーが鼻歌を歌いながら楽しげに料理を作っている。

マリウスが帰ってきたことが本当に嬉しい様だ。

「なぁに?」

視線に気が付いたシェリーがこちらを見つめる。

「なっ・・・なんでもないよ///」

「ふふ、マリウスってばヘンなの」

翌日の朝。

カーテンの隙間から差し込む朝日の眩しさに、うっすらと瞳を開ける。

「ん〜・・・?」

ガバッと半身を起こし、辺りを見回すとシェリーの姿が見えない。

ふとテーブルを見ると、朝食が並べられていた。

「シェリー・・・?」

「やっと起きたか。まったく相変わらずだのぅ」

「親父!」

外で薪割りを済ませたムスタキが、家へ入って来るなり呆れ顔でぼやく。

その頃、シェリーはいつもの様に教会で祈りを捧げていた。

「古の神々よ。いつもあたしたちを見守ってくださってありがとうございます。
今日もみんなが平和に暮らせるようにお守りください」

そして立ち上がり、うーんっと伸びをすると元気よく声を上げる。

「よぉーし!今日も一日元気にがんばるわよ〜!」

ようやく朝食を済ませたマリウスは、何気なく教会へと足を運んだ。

「ん?」

近くまで来ると、中から子供たちの声が聞こえてきた。

「何やってるんだ??」

そっと扉を開け、中の様子を伺う。

「それからお姫さまは毎日、森の中の教会で女神さまにお祈りをしました」

「ねぇねぇ、お姫さまは王子さまにあえたの〜?」

ネコのぬいぐるみを抱きしめながら、3歳くらいの女の子がキラキラと瞳を輝かせながらシェリーに尋ねる。

シェリーはにっこりと微笑み、優しく語りかける。

「ええ。それからお姫さまはどうなったと思う?」

「ん〜・・・。あっ!王子さまとけっこんするの!」

「当たり♪よく分かったわねぇ」

褒めてもらえたのが嬉しくてたまらないのか、女の子はシェリーのスカートにぎゅっとすがり付くと
無邪気な笑顔を見せた。

――よくわかんないけど・・・

シェリーってよく笑うな

シェリーの笑顔を見てると、辛かった事とか嫌な事とかみんな忘れられる気がするんだよな・・・

そんなシェリーにオレは惹かれていたんだな・・・・

いつの間にか、自分でも気が付かないうちに。

オレの中でシェリーは何よりも大切な存在になっていた。

絵の修行の間もずっとシェリーのことばかり考えていたような気がする・・・。

だからこそ。

大切なシェリーだからこそ。

早くあの絵を完成させなければ。

もうじきやってくるシェリーの誕生日までに。

fin

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