本当の意味でのやり込み

皆さんこんにちは。くるるです。今回は「やり込み」についてのお話です。


やり込み要素

最近ジャンルを問わず、やり込み要素を売り文句にするゲームが増えてきました。ここでいうやり込み要素とは、メインストーリークリア後に遊べる要素の事を指します。このやり込み要素の多さがゲームの評価に繋がる場合も多いようです。しかしながら本当の意味でやり込めるゲームは少ないのが現状です。


やり込み要素=やり込みではない

やり込み要素として用意された物を消化するのは、本当の意味でやり込んでいるとは言えません。

例えばクリア後にやり込み要素があるゲームは、実際には「クリア後の要素も含めて本編のうち」です。クリア後に隠しダンジョンがあって、隠しボスがレアアイテムを持っており、それらを持ったままで2周目に突入できるとしたら、それらのボスを倒したりレアアイテムを入手したりはやり込みに含まれません。なぜなら、これは用意されたイベントをこなしているだけであり、ストーリーが絡んでいないだけでゲームの内容そのものだからです。


本当のやり込みとは?

本当のやり込みとは、システムで用意されている以外の遊び方をプレイヤー自身で見つけて挑戦することです。例えばダメージ制のアクションゲームでのノーダメージクリア。別にノーダメージでクリアしたからといって何かあるわけでもなく、記録として残るわけでもありませんが、プレイヤーにとっては通常クリア以上の達成感が得られます。

つまり、報酬が用意されていたり、システムとして用意されているプレイ方法は本来の意味ではやり込みとは言えないのです。そしてやり込みの「幅がある」と言うのは、こういった変則プレイを許せる自由度の高いシステムに対して使われるべき言葉なのです。

本当にやり込めるゲームとは、プレイヤーが自分の考えを反映させて独創性のあるプレイができるシステムを搭載したゲームであり、サブイベントやクリア後要素などを豊富に用意しただけのゲームは実際にはやり込めるゲームではなく、単に「長く遊べる」だけのゲームなのです。


ディスガイアにおけるやり込み

さて、では日本一さんのやり込みゲームの代名詞、ディスガイアはどうでしょう。結論から言うとディスガイアの幅は「非常に広い」です。

確かにLv6000の隠しボスを倒したりLvを9999まで上げたりは上記に照らし合わせればやり込みとは言えません。しかし趣味に走ったプレイができ、そしてそれを許容するシステムと、変則プレイした方が面白いという部分において、やり込みの幅が非常に広いゲームと言えるのです。

またシステムや隠し要素がやり込みのモチベーションを維持するのに最適な環境を作っている点でも評価できます。最高レベルが高いからとか、隠しボスのレベルが高いなどというのはやり込みの幅とは関係ありません。プレイヤーの趣味をゲーム内に持ち込んでもプレイにほとんど支障がないシステムこそが、悪魔的やり込みたる所以なのです。


結局やり込みとは何なのか?

ズバリ「無駄なプレイ」です。自己満足にしかならない、報酬もない、そんなプレイこそが「やり込み」なのです。

そういう意味で究極のやり込みとは、ゲームの解析じゃないでしょうか?今でこそ攻略ページやWikiなどで知識共有ができるようになりましたから、これらのプレイは他のプレイヤーの役に立てる事ができますが、インターネットがなかった時代、ゲームの解析は無駄以外の何物でもありませんでした。全ダンジョンを1マスずつ調べて何か落ちてないか調べたりだとか、敵の経験値を調べたりだとか、こんな無駄なプレイは他にありません。まさしく自己満足の極致です。

このようにゲームを事細かに解析した人が「やり込んだ」と言っても誰も異論は無いと思います。それは通常のプレイでは得る事のできない知識、そして経験を間違いなく持っているからです。やり込みで得られる最大の報酬はこの「普通の人が得る事のできなかった知識と経験」だと思います。

やり込みは難しいのもではなく楽しいものです。是非色々なゲームを「やり込んで」みて下さい♪


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