幻想世界Vol.9 ドラゴンとは何か?全文


紀元前3000年ごろ

世界最古の文明といわれるメソポタミア文明が栄えていたメソポタミア地域(現イラク近辺)の南部バビロニア。このバビロニアの南部シュメールには世界最古の神話と言われるシュメール神話があるが、その中にすでにドラゴンの記述を見ることができる。

ティアマトーは海の象徴で原始の女神として伝えられている。このティアマトーが産み出した怪物ムシュフシュは蛇の姿をベースに力あるものの象徴を全て練りこまれ、強大な力を持つ者として喩えられる。また海の恐ろしさをイルルヤンカシュというドラゴンに喩えて恐れていた。

※注:シュメール神話やアッカド神話などを含むメソポタミア神話はキリスト教が発生した頃にほぼ失われたため、現在まで直接伝わっているものは無い。そのため、ティアマトーがシュメール神話ですでに登場していたかどうかは不明である。

この頃に見られるドラゴンとは神や自然現象などに対する脅威や畏怖の念が具現化したものであり、後年の日本に見られる竜神信仰にも似た特徴を持っているのがわかる。少し違うのはその多くが非常に強力な毒を持つ事だ。またその姿が不定、もしくは複数の姿を持ち、多くの場合蛇の姿を取る事ができた。この事から蛇は神性や恐怖の対象だった事が伺える。


紀元前2350年ごろ

バビロニア北部を支配していたアッカド人がシュメールを滅ぼすとシュメール神話はアッカド神話に取り込まれた。アッカド神話では死の神モートの部下としてレヴィアタンというドラゴンの記述がある。レヴィアタンは海のドラゴンで、荒れ狂う海や日食月食による光の消失の原因とされた。またティアマトーが生んだ魔物としてラハブが存在し、こちらもまた荒れ狂う海や嵐、海の力強さを象徴した者とされている。

これらのドラゴンは海の恐ろしさに喩えられると同時に神の部下(または子)という共通点があり、同一視される事も多い。

※モートは紀元前1450〜1200年ごろに登場するウガリッド神話の神だが、アッカド神話にも記されていたという記述もありどちらが正しいのかは不明。ウガリッドは現シリア(イラクの西)の地中海岸で発展した国家で、ウガリッド神話は英雄神である豊穣神バールの戦い〜死〜再生を描いたもの。


紀元前1700年ごろ

この頃中国において龍の概念が登場する。龍は天(神)の使いであり、自然現象や海、水などを象徴している。龍は麒麟(キリン)や鳳凰(ホウオウ)などの神聖な生き物(霊獣)の中でも最も尊い存在とされた。喉の下に逆向きに生えた鱗があり逆鱗(げきりん)と呼ばれる急所である。ここに触れられると激しい痛みを感じて暴れる事から、逆鱗に触れるという言葉が生まれた。

また龍は小さな蛇に化けて交尾し卵を生む。この卵は龍が念じるだけで孵り、生まれた蛇は龍の神通力を受け継ぎ、長い年月を経て水に住む生き物の王、蛟(ミヅチ)となる。そして蛟のまま500年を生きると天に上って龍になるのである。

詳細こそ違うものの、神性、自然や水との結びつき、蛇のような姿という特徴が他の文明のドラゴンと酷似している点が非常に興味深い。ただ他の文明のドラゴンが毒を持つことが多いのに対し、中国の龍が毒を持つことは極めて稀である。これは水に対する考え方が異なっている事から来ていると思われる。


紀元前1500年ごろ

この頃、古代エジプトではアペプ(アポピス)という神がいる。彼は太陽神ラーの宿敵で、闇と混沌を象徴する悪の化身。毒を持つ大蛇(コブラ)の姿で描かれ、原始の水から生まれたとされた。元々は太陽神であり、ラーにその座を奪われたため、ラーを憎んでいると言われている。

後年ギリシャ神話に登場するエキドナも、この時代には大地母神として信仰されていた。ただしこの頃の姿は不明。出生には諸説があるが、一説によると大地神ガイアの子とされる。

同様にガイアの子としてピュートーンという巨大な黒い毒蛇がいる。彼は信託所(デルポイ)の番人で、自らの予言どおりレト神の子アポロンに倒された。ちなみにニシキヘビを指す英語パイソンの語源ともなっている。古い神話ではピュートーンではなく、デルピュネーという半人半蛇の女神が信託所を支配していたが、後年ピュートーンに立場を奪われた。

これらは全て神、毒蛇、大蛇という特徴を持っているが、これまでと違い水との関係が全く無いのが面白い。ただしこれらはドラゴンだという記述はない。しかし当時はドラゴンと蛇は同じ大地に属する精霊とされていたため、ドラゴンと混同される事は多い。


紀元前1000年ごろ

正確な年数は前後500年範囲で不明なのであるが、このころゾロアスター教が登場し、悪神アーリマン(アンラマンユ)の腹心としてアジ・ダハーカというドラゴンが登場する。3頭の獰猛なドラゴンとして描かれ、最強の邪悪な者とも呼ばれた。ただしアジ・ダハーカは紀元前2000頃にはその姿が描かれていたとの説もあり、他文明の神がゾロアスター教に取り込まれた可能性もある。

ギリシャではウロボロスという概念が生まれた。しばしドラゴンにも喩えられるが、ウロボロスは生き物の名ではなく概念を指し示す言葉である。これは蛇の奇妙な点(足が無いのに動ける、暗闇でも獲物を捕らえる事ができる、自分よりも大きな獲物と丸呑みにする、脱皮する)から生み出されたもので、特に脱皮は古い体を捨てて新しい体を手に入れる、つまり不死身だと考えらた。そこからウロボロスという概念が生まれ、不死身、生と死、始まりと終わり、無限、時間、無、そして錬金術における完全、全て、賢者の石といった様々なものを象徴するようになった。ウロボロスは自らの尾をくわえた蛇の姿で描かれる。


紀元前700年ごろ

ギリシャ神話が確立するとエキドナは上半身女性、下半身大蛇の怪物に姿を変え、台風神テュポーンを夫として様々な怪物を産み出した。オルトロス、ケルベロス、スキュラ、キマイラなど有名な怪物はほとんどエキドナの子である。中には多頭竜のヒドラ(ヒュドラー)や黄金の林檎の木を守る守護竜ラードーン、金毛羊の皮を守護する竜などドラゴンも多い。また夫のテュポーンがゼウスによってエトナ火山に封じられた後は息子のオルトロスや英雄ヘラクレスを夫とし、スフィンクスやスキタイ民族の祖などを産んだ。

この頃になるとドラゴンは怪物となり、神性は不死性となって受け継がれた。ほとんどが蛇の姿、または半身蛇である点は変わらなかったが、宝を守護する役目を与えられる事が多くなっていった。


紀元前300年ごろ

インドのバラモン教の聖典であるリグ・ヴェーダにヴリトラが登場する。インド神話の最高神インドラを倒すために生み出された魔物で、巨人ともドラゴンとも言われた。

また地底に住む毒蛇の神々としてナーガの名が登場する。ナーガは特定の固体を指す言葉ではなく、いわば種族名(階級名)。インド神話における地下世界7層の最下層パーターラに住む、生と死を司る神々である。ナーガの王はナーガラージャと呼ばれ、特に強い力を持っていた。有名なナーガとしてはシェーシャ(最も偉大なナーガ)、カーリヤ(ナーガの王にして母)、アナンタ(世界の始まりと終わりに登場するナーガ王)、ヴァースキ(大地を支えるナーガ)などがいる。ちなみにナーガは元々インドで使われていたサンスクリット語でコブラ(毒蛇)を表す言葉である。

ナーガはこの時点ではまだドラゴンとは呼ばれていない点に注意。


紀元前100年ごろ

仏教が中国に伝わるとナーガと龍が混同され、仏教独自の竜王(ナーガ)が生まれた。これによりナーガはドラゴンとして扱われるようになり、龍が持つ水を操る力を得る事になる。竜王の数は3万8千とも言われた。そして特に力の強い王が8大竜王と呼ばれ、阿難陀(アナンタ)や和脩吉(ヴァースキ)など、有力なナーガラージャを漢訳した物である。

同じように仏教の伝来によって姿を変えたドラゴンにマカラがいる。インドのマカラは海や大河に住むドラゴンで、サメの身体に長い尾を持つなど、ディスガイアのサメドラゴンを髣髴させる姿で描かれる。水の神の乗る神獣であり水を自在に操る力を持つ。インドに仏教が起こると航海の安全を守る守護獣に数えられた。

対して中国のマカラは摩迦羅となり海の大怪獣となる。体長200kmという巨大な怪物で竜と魚の入り混じった姿とされた(丁度魚竜のイメージが近いと思われる)。あらゆる生き物を飲み込み、船舶を襲い、天まで届く潮を噴いたと言われる。


西暦元年

新約聖書によって黙示録のドラゴンが神々の敵として登場し、以後ドラゴンは邪悪な魔物とされるようになった。これ以降、キリスト教の普及に伴って、悪のドラゴンは世界各国に広まる事となる。

この時点でドラゴンはサタンを指し示す言葉だった。それはキリスト教を伝えたユダヤ民族がかつてバール神を信仰しており、その敵としてドラゴンが多かったからだといわれている。そして多くの悪魔もドラゴンと呼ばれた。現在の日本で言う「悪魔」と同じ意味でドラゴンという名が使われていたと言ってよい。


西暦700年ごろ

いよいよ英雄譚に定型的な西洋ドラゴンが登場してくる。ベーオウルフに登場する炎を吐く竜は、まさに西洋ドラゴンそのものである。この時初めて西洋ドラゴンの姿が明確になったと思われる。特に炎を吐くというドラゴン最大の特徴はここで始めて登場する事になる。

また900年になるとジークフリートと戦ったファーブニルが登場。小人のファーブニルが変身したドラゴンはベーオウルフに登場する炎を吐く竜がモチーフだろう。

また日本ではヤマタノオロチ(八岐大蛇)が姿を見せる。スサノオノミコトに退治されるこの竜は、その名の通り典型的な多頭蛇の姿をしている。ちなみにこの姿は幾重にも分かれた川を象徴しているとされている。元々蛇なのだが、近年のゲームでは西洋ドラゴンや竜神の頭部を持つものも多い。これは怪獣映画に登場したキングギドラの影響が強いのではないかと思われる)。

北欧では巨大な蛇であるヨルムンガンド(ミドガルズオルム)の名が登場してくる。

この頃になると地域によってその姿が大きく異なってくる。


西暦1500年ごろ

ヨーロッパでヴィーヴルという翼を持った蛇が登場する。なぜかメスしか存在しない。人を襲う事があったが彼女の住む土地は植物や動物が栄えたため、大地の恵みを司るドラゴンとして崇拝された。後にヴィーヴルは宝を守る女の精霊として姿を変えるが、イギリスに渡ったヴィーヴルは飛竜と称されるワイバーンへと姿を変えた。ワイバーンは紋章用に考え出された架空の生き物で、ドラゴンの紋章が王族のものだったために、それに変わる紋章として使用された。

ヨーロッパでは他にもリンドブルム(ドイツ語で飛竜の意)と呼ばれるドラゴンが登場。リンドブルムはそれまでのドラゴンとは違い、稲妻や流星といった空の現象の正体だとされている。このドラゴンは前足が無く、そのかわりに翼を持ち空を自在に飛び回る事ができた。これはイギリスにおけるワイバーンと同じ特徴であるが、イギリスとは違い、ドラゴンとの区別はされていない。ヨーロッパでは翼ある竜をリンドブルム、翼の無い4本足の竜をドレイク(リンドドレイク)として、両者を合わせてドラゴンと呼んだ。

ここにきて空を飛ぶドラゴンが違う地域で同時に生まれている点は興味深い。それとドラゴンが王族の紋章として使われている点に注目して欲しい。新約聖書の邪悪なイメージから、強さや守護のイメージが強くなっている事が伺える。


西暦1700年ごろ

日本で竜神信仰が起こる。中国より伝わった龍のイメージが日本の風土と結びつき、独自の竜神を生み出した。竜神は龍と違い、天上ではなく海や湖、川に住んでいる。また雨や水を司る大蛇であり、神でもある。

ただし龍は龍として天に存在していたらしく、昔話などにも天を駆ける龍の姿が描かれている。


1900年代

ファンタジーブームが起こり、テーブルトークRPGの発売をきっかけに様々なドラゴンが登場する。西洋ドラゴンの姿をしたドラゴンが、さらに細分化されて特徴付けられているのも面白い。日本ではそれらに中国やインド、ヨーロッパ各地など世界中のドラゴンと日本の竜神などが入り混じり、独自のドラゴン形態が誕生した。

しかしながらどのドラゴンをどこの分類に含めるかは明確ではなく、作品によってマチマチであるため、余計にドラゴン像が把握しづらくなるという事態も発生した。これらはキリスト教の考えがベースになっているが、日本にキリスト教が浸透したという事ではなく、単純にキリスト教圏からドラゴンの物語が伝わった事に起因する。

後年登場するコンピュータゲームの世界では更に枚挙に暇が無く、名前だけが先行したり他のゲームの設定を流用したり、それを更に変形させたりで、すでに原形をとどめていないものがほとんどであるため、ドラゴンの分類としては含められない場合も多い。それに伴ってドラゴンに対する考え方も様々に変化した。ドラゴンの姿は毎日変化しているといっても過言では無いだろう。これらのドラゴンを個別に取り上げる事は実質的にほぼ不可能である。

その中からあえて例を挙げるなら竜人の存在がある。狼男(ワーウルフ)やトカゲ男(リザードマン)の存在が一般的に知られるようになれば、ドラゴンを起源とした亜人種が登場するのも自然の成り行きと言える。竜人はドラゴンのブレス能力と硬い鱗を持ち、リザードマンを超える力と高い魔力、場合によっては飛行能力まで併せ持つ最強の亜人種である。寿命も非常に長いが欠点は繁殖能力が低いという事と、個体数が絶対的に少ないという事だ。だが竜人が登場するゲームの多くが人間視点で描かれ、非常に短い範囲の歴史しか語られないため、竜人の欠点は皆無といえる。

もう一つ、合成竜についても触れておこう。元来神話の中で生み出されたキマイラなどの複数の動物を合わせたような生き物を合成獣(キメラ)として分類するゲームが登場すると、ドラゴンもまたキメラであるとされた。そしてドラゴンは最強の合成獣として位置づけられるようになる。ただし合成竜が登場するゲームは極端に少なく、ドラゴンは独自の種族として数えられる場合が多い。しかし、ドラゴンも出生をたどれば複数の生き物の特徴を合わせて生み出されており、そういった意味でキメラである事は間違いでは無いだろう。

現代日本におけるドラゴンとは力、強さ、生命力、雄雄しさの象徴である。それは時に善となり、悪となり、我々の前に姿を現す。またかっこよさ、美しさなどの象徴でもあり、非常に人気が高い。ドラゴンは一種のブランドと化したと言っても過言ではないはずだ。


まとめ

コンピュータゲームの普及でドラゴンは非常に身近な存在となったが、一般的に知られているのはその姿のほんの一部である。中には「ドラゴン?」と首をかしげるような物も多い。

結局のところ、ドラゴンは「人が敵わぬもの」の象徴だったと言える。それは神と同等の力を持っており、それを倒すのも神だけだった。しかしキリスト教の普及に伴い、ドラゴンは「英雄(人)に退治されるもの」に変わっていった。

そして現在、ゲームの世界ではドラゴンは最もポピュラーな中ボスと化し、そしてほぼ全てのドラゴンが「プレイヤーに倒される」運命を背負わされ、フィギュアやぬいぐるみになるなど愛玩用の生物となってしまった。

しかしドラゴンは強いのである。愛玩生物となった今でも、ほとんどの作品がドラゴンの強さを強調している。だがそれ以上に主人公が強くなりすぎるのだ。レベルさえ上げれば10歳の女の子でも勝てるようなドラゴンなど、ドラゴンと呼ぶに相応しくない。

そういう意味で現代のドラゴンを取り上げるなら、やはりウィザードリィ〜リルガミンの宝珠〜に出てくるル・ケブレスは外せないだろう。ファンタジー好き、ドラゴン好きなら一度はその強さを味わってもらいたい。

もっとも・・・それ以前の問題で、仲間が経験値の高い敵を倒すのを見ているだけでドラゴンすら倒せる強さを手に入れる世界をファンタジーと呼んでよいのかどうかが疑問なのだが・・・Fantasy(幻想)というよりDelusion(妄想)の方が相応しいと思うのは、はたして私だけだろうか?


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